戦禍のアフガニスタンを犬と歩く/ローリー・スチュワート

 著者のローリーさんが何故アフガニスタンを徒歩で歩こうと思ったのかよく分からない。自分だったらまずとてもできそうにないので、やりたいとも思わないのだけど。だってローリーさんは何度も、死んでもおかしくない状況になっていた。けど、この方にとってはこれがやりたいことだったらしい。

歩いている間に会う人々の多くが、自分の権力などを示そうとして、知ったかぶりをしたりするのが面白い。日本人が考える謙虚さなんてものは、あの辺りでは評価されないんだろうなあ。

そして皆食べるものがないほど貧しいのに、なけなしの食べ物を分けてくれる。イスラムの教えだからなのだろうけど、これもまたそんな考えに基づいて生きていない私にはなかなか分かりづらい。そういうものなんだとしか。

戦禍のアフガニスタンを犬と歩く

戦禍のアフガニスタンを犬と歩く

 

 

くらべる値段

 同じものだけど、値段が違うものが並んでいたらどれを買うべきかと悩むことはよくある。値段の差が付くポイントは何だろうとこの本を読んでみたら、やっぱりそのものを作るのにかかる手間によるのだそうな。あとは、作るのに使う材料の値段。

となると、例えば食べ物だったら美味しさに直結する場合ももちろんあるけど、高い方が絶対においしいとは限らない。手間をかけたり質の良い物を使ってある方が良く仕上がるようなものであれば、自分のこだわり具合に応じてお金を出しましょうということ。

氷に値段の違いがあるのは知らなかった。ゆっくり冷やすと良い氷ができるそうで、そういう氷屋さんで作った氷を使うとふわふわのかき氷ができるし、溶けにくいので飲み物に入れるに良いそうだ。

くらべる値段

くらべる値段

 

 

パンのペリカンのはなし/渡辺陸

ペリカンは東京の浅草にあるパン屋さんで、食パンとロールパンのみを売っている。この本の著者はペリカンの4代目の店主だそうな。

 今は通販をやっていないそうなので、気軽に行ける距離に住んでいない私はここのパンを多分一生口にすることはないのだろうけど、何故か私はここのパンがおいしいと言われていることを知っていて、以前から食べてみたいなあと思っていた。

最近流行りの食パン専門店の、「甘い」とか「ふわふわ」とか言われるパンではなくて食事向けのパンらしい。しかもモチモチしているなんて言われるとすごく食べたい。

 

今は食パン専門店がいくつかあるけど、ペリカンが食パンとロールパンのみに絞り始めた頃は、そういう売り方をするパン屋さんは他になかった。2代目の店主が、他のパン屋さんと競争したくないという理由で商品を絞り、小売りではなく卸し中心に転換したのがこのスタイルの始まりなのだそうな。

言い方を変えると、うまいことブルーオーシャンを見つけたということか。

と言っても、こういう仕事は色々と大変なんだろうけど。朝番の人は代わりがきかなくて(突然体調不良などで休みたいと思っても、朝早いので代わりを頼めない)プレッシャーらしい。毎日やらないといけなくて、後から取り戻すことができない仕事って大変だ。

パンのペリカンのはなし

パンのペリカンのはなし

 

 

シルクロード・路上の900日/大村一郎

 著者である大村さんの旅行記西安からローマまでを、何と徒歩で。

言葉が通じないことや、まともに泊まる場所がないことが多い。暑さ寒さが過酷な土地もある。そんな中を何日もかけて徒歩で旅行しようだなんて、よく考え付いたものだと思う。

大変な思いはしつつ、所々でその土地の人達が助けてくれる。何日もお風呂に入っていない、言葉もろくに通じない通りがかりの人に食事をふるまい、家に泊めるだなんて自分だったらとてもできないけど、中国の田舎の方なんかは、きっと今でも同じような感じで人々が暮らしているんだろうなあ。

そこら辺で売っている食べ物がすごくおいしそうに書かれていて少し羨ましいけど、お腹を壊さないか心配になってしまう。

本には書かれていないので詳しいことは分からないけど、きっと相当の準備はしていったのだろうなあ。どれだけ準備をすれば行き倒れなくて済むのか私にはあまり想像がつかないけど、行く先々の気候はもちろんのこと、そこで暮らしている人達の文化なんかの知識もある程度ないと難しい気がする。

シルクロード・路上の900日―西安・ローマ1万2000キロを歩く

シルクロード・路上の900日―西安・ローマ1万2000キロを歩く

 

 

皿の中に、イタリア/内田洋子

著者の内田さんはイタリアで長く暮らしているらしい。どんな仕事をしている方なのかよく分からないけど、何かを書くためにカラブリアという場所について知る必要があり、カラブリア出身の3兄弟がやっている魚屋に通い始めるところからこの本は始まる。

魚屋と仲良くなるために毎週大量に魚を買ってきては、1人では食べきれないので人を呼んでふるまう。知らない人までやってきたりして、半分楽しそうではあるけど、私にはちょっと想像がつかない人付き合いの仕方だな。

 

タイトルの通り、頻繁にイタリアの食べ物が登場する。どれもおいしそう。

意外と生食が多くて驚いた。空豆を生で食べるのが気になる。日本では空豆を生で食べるなんて聞いたことがないけれど、種類が違うのか、相当新鮮でなければ駄目なのか。

それから、生のイカにレモンを絞って、パセリと和えて食べると書いてあったかな。食べたい。

 

皿の中に、イタリア

皿の中に、イタリア

 

 

田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」/渡辺格

著者の渡辺さんはいわゆる田舎で天然酵母のパンを作っている。渡辺さんがパン作りを始めてから、なぜ「田舎で」「天然酵母の」パンを作るに至ったのかを、マルクス資本論に絡めながら説明したのが本書。

パンは好きだけど天然酵母イーストはどう違うのか知らなかったし、ついでに資本論にも興味があったので、面白かった。

 

パンを作る時によく使われるイーストとは、自然界のあらゆるところに生息している酵母の中から、パンを作るのに向いている酵母だけを抽出して人工的に増やしたものらしい。

一方天然酵母は色々な菌が混ざっているので、ちょっとした温度の変化などでパンが膨らまなくなってしまったりと、管理が難しい。世の中に出回っている多くのパンは、効率よくパンを作るためにイーストを使っている。天然酵母の良い所は、色々な菌が働くことで味わい深いパンができることなのだそうな。

 

渡辺さんがなぜ天然酵母でパンを作ろうと思ったのかというと、一つは、イーストの作り方について、安全に不安があったから。もう一つは、イーストを使えば誰でも簡単にパンを作ることができるけれど、誰でもできる仕事は替えがきくので、労働者は職を失わないために、労働環境が悪くても耐えるしかなくなる。そうではなくて、きちんとしたパンを作る技術を身に着け、労働力を買い叩かれることがない働き方を目指したから。

私も一応手に職がある系の仕事をしているけど労働者側だし、周りで切り捨てられる人を沢山見ている。選ばれる人でなくなったら困るし、できればある程度仕事を選べる立場でいたいと思う。

 

渡辺さんは資本主義のシステムから抜け出したくて、会社を辞めパン屋を始めた。私も、この世の中のシステムからちょっと外れて生きられたらいいなあとは思っているけれど、そう簡単にはいかないだろうなあ。

利潤を出そうとするから搾取が生まれる。利潤を出さなくても、生きていくのに必要なリターンだけ得てうまく日々を回していければいいのだけど。ということをひとまず頭の片隅に置いておこう。

 

田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」

田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」

 

 

腐海の花/柳原慧

真夜は二十近くも年下の誠人と付き合っている。誠人はよく懐いた犬のように真夜を慕っているけれど、その一方で同年代の女と浮気をしているようだ。真夜は浮気の証拠を掴もうとして、誠人が捨てたメモに書かれていた電話番号に無言電話をかけたり、駅で待ち伏せをしたりする。

 

最初から最後まで、真夜の視点で書かれている。それは良いのだけど、どこまでが事実なのか、何を信じれば良いのか分からない。(小説なので全て嘘と言えばそうなのだけど。)実は殆ど真夜の妄想なんじゃないかという気もする。それも真夜にとっては事実なのだろうけど。

 

腐海の花

腐海の花